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1980年~ソーラーシステム普及促進融資制度

  • 1980年~ソーラーシステム普及促進融資制度
    二度にわたる石油危機は日本経済に大きな打撃を与えたのと同時に、石油に頼ることなく、日本国内で入手が可能なエネルギーを開発する気運が高まることとなりました。その気運はサンシャイン計画という国の具体的な長期計画により実行に移されます。

    太陽光エネルギーの開発や利用促進を進めるための組織として日本太陽エネルギー学会やソーラーシステム振興協会、そして1980年には現在でも新エネルギー開発の中心的な役割を担っているNEDO(新エネルギー総合開発機構)が創設されます。これらの組織が出揃うことにより、官・学・産の三者が一体となった太陽光エネルギー開発体制が整いました。この計画は後述のニューサンシャイン計画に引き継がれ、その後の大きな成果につながることになります。

    太陽光エネルギーの研究開発体制を整える一方で、太陽光エネルギーの利用を促進するために「ソーラーシステム普及促進融資制度」が1980年に設けられました。個人が住宅にソーラーシステムを設置する際の費用を利子補給の形で低利融資する支援制度で、16年間の継続期間に累計27万4,000件もの融資件数を誇り、ソーラーシステム普及に大きな役割を果たしました。

目次 (ダイジェスト)

  • 1973年~第一次石油危機
    中東産油国を巻き込んだ戦争によって、第一次石油危機が日本経済を直撃しました。しかし、これは結果として国家レベルで太陽光エネルギーに目を向けさせる契機となりました。
  • 1974年~サンシャイン計画
    第一次石油危機を契機に、日本は石油に依存しすぎる産業構造やエネルギー調達手段に対して再考を迫られました。それを受けて当時の通産省が策定したサンシャイン計画の具体的な内容と目的を見てみましょう。
  • 1980年~ソーラーシステム普及促進融資制度
    1980年は官・学・産が一体となった太陽光エネルギー開発体制が整い、同時にソーラーシステム普及の支援制度が設けられた年で、日本が太陽光エネルギー時代に向けて大きく舵を切った年でもあります。
  • 1993年~ニューサンシャイン計画
    エネルギーセキュリティを目的としたサンシャイン計画は、時代の流れとともに地球環境問題への取り組みへと変化しました。そのために策定されたのがニューサンシャイン計画です。
  • 1994年~新エネルギー導入大綱
    1994年の「新エネルギー導入大綱」によって、日本が国全体として、太陽光発電などの新エネルギーに対してどの方向に進むのかという指針が初めて示されました。
  • 1997年~京都議定書
    地球温暖化問題は一国の努力だけでは解決出来ません。そこで世界規模での枠組みづくりを目指した会議が京都で開催され、そこで採択されたのが京都議定書です。環境問題と関係の深い太陽光発電も京都議定書が一つの契機となりました。
  • 1999年~日本の太陽電池生産量世界一
    省エネルギー法は日本国内全体に省エネルギーを意識した建物づくりを浸透させました。それは結果として太陽光発電にとって順風となり、太陽電池生産量は世界一になります。
  • 2001年~太陽光発電システム技術研究開発
    優れた技術である太陽光発電ですが、一般的な普及を進めるにはまだまだ乗り越えなければならない課題点があります。具体的に数値目標を提示し、それを達成する能力のある研究機関を公募する制度がスタートしました。
  • 2002年~RPS法の成立
    2002年に成立したRPS法、そして翌年にはRPS法を根拠としたRPS制度がスタートしました。RPS制度が太陽光発電にもたらす影響について見てみましょう。
  • 2007年~現状について
    日本は太陽光発電をリードする国として、世界で利用されている太陽光発電システムの大半を生産しています。ところが、太陽光発電システムの設置数は、長らく世界一であった地位をドイツに追い越されてしまいました。
  • 2008年~展開について
    無尽蔵に存在し、地球環境への負荷が極めて低い太陽光発電は世界が大きな期待を寄せています。日本及び世界で太陽光発電は今後、どのような展開を見せるのでしょうか。

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