環境日本,横浜市太陽光発電,秦野市太陽光発電,藤沢市太陽光発電,茅ヶ崎,平塚市太陽光発電, pv21,あなたの太陽光・・発電量が減っていませんか?

11.18根津教授邸

※今回はご許可を頂きましたので、実名で報告させていただきます。
・根津様邸写真集
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記念すべき発電開始日、鎌倉市十二所 根津教授様邸 2010年11月18日

  • ・・1本の電話から・・

    9月の中旬のある日の夕方ころ、一本の電話が鳴りました。

    その電話を弊社の事務が受け、メンテナンスの大塚社員が応対しました。
    内容を伺いますと、同じ鎌倉市に在住し自宅に太陽光発電を取り付けたいので、見に来てほしいとのことでありました。
  • Google マップで屋根の形状を確認

    おおよその見当をつけ、9月の19日に訪問・・

    お話を伺いますと、日本の国をはじめ世界の「エネルギーについて」を大学で教えていらっしゃる・・とのことでした。
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  • 平屋建ての落ち着いた佇まいのお屋敷で、庭の一角に白い椅子が4脚と白いテーブルがあります。

    近くには「ナス」や「ゴーヤ」が実を結んでおりました。

    外庭でお話をしていますと、奥様がお盆にお茶菓子とお茶を乗せ運んできて、

    「どうぞ」 と差し出してくれました。 私はお礼と会釈をし、話を伺いました。

    「どうして太陽光発電をつけようと思うのですか?」・と

    すると、「そうだなあ・・強いて言えば、罪滅ぼしのためかなあ・・」と

    「それとね、私は教え子の仲人をよく頼まれてやったりするんだけど、みんなよく遊びに来たり、挨拶しに来たりするんだよね、それで、今度みんながうちに来たら太陽光を見せてやろうと思ってね。そんでやってみようと思ったわけよ。」

    私は、「罪滅ぼしの為?・・ですか?」と聞きますと。

    「そうそう、昔ね、サウジアラビアの国王と知り合ってさ、まあ、ちょっと・・なんだ・・まあそういう訳よ。」とおっしゃったので、一を聞いて十を知るではないですけれども、・・ははあ・・バブル経済と原油の価格に何か少し関係がありそうだなと感じた次第でした。

    「で、この南側の屋根にさあ、7kWくらい載せたいんだけど、どれくらい乗っかるかな?」とおっしゃるので、
    「じゃあ、上って寸法を測ってみます。」と、大塚くんが屋根に上り寸法を測り、降りてきて私に報告しました。「太陽熱温水器がついてます。撤去すれば、NKHでマックス30枚くらいでしょうか・・」とのことでした。


  • 出力5kWではだめなのですか?・・

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    私共は、メーカーのカタログに出ているもので、一つのシステムで最大出力を得られるような設置を提案いたしました。ところが、先生は、「7kW以上・・」と何度かつぶやかれておりました。

    検討した結果、205Wのモジュールで、20枚と16枚合計36枚を2つのシステムで行うことといたしました。
  • 今にして思えば、エネルギーのことを、現役の学生に講義をするくらいの先生であれば、自宅の屋根の寸法と製品の寸法が分かれば、自分でプランと予算組くらいは、朝飯前のはず、また、東電に連絡すれば、個人宅で何kWの太陽光発電が一番かを尋ねれば教えてもくれることでしょう。

    多分、根津教授の独自の調査で、5kWや6kW台のシステムを設置している個人宅があることを突き止め、「まだ、鎌倉には7kWはいない」と確証を得られたのでしょう・・推測ですが・・どうせ償うのであれば最高のもので・・そのように思われたのだと思います。そのことをパネルの裏側に記しました。その写真がこれです。
    太陽光の設置工事日にコメントを書いていただきました。
  • 根津先生の論文です。「日本の電力産業の現状と課題」

    電力会社には「耳の痛い内容だから・・」と言いつつも、掲載の許可をいただきました
  • AMDA鎌倉クラブチャリティーコンサートⅫ
    根津先生とエネルギーの話や歴史、政治や政策の話などを語り、いろいろなことについて教えていただきました。また、太陽光発電の設置についても、話がより具体化し商談成立に至るという、その3日ほど前から、ある出来事がありました・・・
  • 奥様体調不良で伏す・・
    奥様は、岡山大学時代から箏曲を始められ、今日においては大勢のお弟子さんを育成されました。また、1999年3月よりAMDA鎌倉の設立に参加され、以来、毎年チャリティーコンサートなどを開催してまいりました。
    AMDA鎌倉クラブ
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今年も、11月3日に鎌倉芸術館でのコンサートを開催することになっておりました。

ところが、中心者である事務局長のご不幸があり、そのご不幸を悼むと同時に、コンサートを成功させる一切の責任を、奥様が引き受けなくてはならない状況となりました。・・そういった心労が重なり、病に伏すこととなりました。

ちょうどその頃、根津先生のところに出入りをさせて頂いていた私がその事情を知り、奥様に伝えました。「私も一肌脱ぎましょう。ですから、ともに頑張りましょう」と・・「コンサートのチラシはどんどんなくなっていくのに、チケットが全然減らず・・」とおっしゃるものですから、「分かりました、20枚くらいもらっていきましょう。」とお答えしたところ、30枚持ってきてくれました。・・少し鼻の頭に汗をかいたような・・ひやっとしたような・・

  • コンサートの成功が優先だ!工事はそのあとだ!そう心に決めて。
    神経を擦り減らすような思いで、心当たりの人に声をかけ、心ある方々にコンサートに来てもらわなくては・・1枚2500円・・
    つづく

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